政府は5月14日、新型コロナウイルスについての緊急事態宣言を一部解除する方針を決めた。ここに来てはっきりしたのは、日本の新型コロナ死亡率が世界的に見てきわめて少ないばかりでなく、絶対数でもインフルエンザより少ないことだ。
死者はアメリカの8万5000人、イギリスの3万3000人に対して、日本は668人。昨シーズンのインフルエンザ死者3325人の20%である。国を挙げて大騒ぎした新型コロナ対策は、壮大な空振りだったといわざるをえない。
マスコミでは「4月7日の緊急事態宣言で感染が減った」といわれているが、これは誤りである。新型コロナの感染確認者数のピークは4月11日の714人だが、感染からその確認までは約2週間かかる。発症のピークは、その2週間前の3月末だった。
発症日ベースでは4月初めには新規感染者数は減少に転じていたが、緊急事態宣言は4月7日に発令された。しかし上の図でもわかるように、緊急事態宣言の前後で新規感染者数の減少率は変化していない。つまり緊急事態宣言の8割削減には感染を減らす効果はなかったのだ。
ところが安倍首相はその結果を検証しないで、5月7日以降も延長を決めた。それに異を唱えたのが、大阪府の吉村知事だった。これを見て国もあわてて出口戦略を決め、一部解除を決めたが、それならなぜ延長したのか。延長する前に専門家の意見を聞かなかったのか。
迷走を続けた専門家会議
安倍政権の新型コロナ対策は、迷走の連続だった。まず2月上旬にクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で大規模な感染が発生し、日本政府の対応が世界の批判を浴びた。この事件で日本政府の初動体制は早く、政府の新型コロナウイルス感染症対策本部が1月30日に設置され、専門家会議が2月14日に設置された。
これは欧米に比べると1カ月近く早かったが、その専門家会議は2月24日に「これから1~2週間が、感染が急速に進むか収束できるかの瀬戸際だ」という見解を発表した。これは感染爆発が起こるとも起こらないとも解釈できる玉虫色の表現だった。
だが安倍首相はその2日後の2月26日に、全国の学校に一斉休校を要請した。これは専門家会議にもはかられず、これ以降、政府の新型コロナ対策は官邸主導で、専門家会議がそれを追認する形で進められた。
専門家会議は慎重で両論併記だったが、何もしないと世論の突き上げを食う安倍政権は強硬派に傾斜し、両者の温度差が広がった。
そこに現れたのが西浦氏だった。彼は専門家会議のメンバーではなかったが、東京都の小池知事の顧問となり、「何もしないと42万人死ぬ」というシミュレーションをマスコミに売り込み、それを減らすために8割の接触制限が必要だと主張した。
これは全国の感染速度(再生産数)が1以下だったとき、それを(根拠なく)2.5として計算した架空のシミュレーションだが、政府がそれを採用した。
安倍首相は4月7日の緊急事態宣言で「(東京都では)このペースで感染拡大が続けば、2週間後には1万人、1か月後には8万人を超えることとなります」と西浦氏の受け売りで「7割から8割の接触削減」を国民に求めた。
それによる外出制限は人々の生活を大きく変え、企業経営を破壊し、日本経済に莫大な損害を与えたが、ほとんど何の効果もなかったのだ。
ウイルスの輸入を阻止した水際対策
では3月下旬に感染がピークアウトしたのはなぜだろうか。2月末に安倍首相が自粛を呼びかけてからも、3月前半には人の移動はほとんど減っていない。たとえば都営地下鉄の利用者が大きく減り始めるのは4月初めからである。
その1つの原因は3月25日に小池知事が行った緊急記者会見だと思われるが、もう1つは3月29日に死亡した志村けんの影響だろう。世論調査では、60%の人がこの事件で「身の危険を認識した」と答えたが、これだけでは感染者数の変化は説明できない。
1ページの図でもわかるように、2月上旬には2を超えていた実効再生産数は、2月下旬には1を下回ったが、3月下旬にまた2を超えて「第2波の到来」といわれた。人々の移動は2月から単調に減ったが、感染者数は3月後半に上がったのだ。
その原因はヨーロッパ型ウイルスの輸入だと思われる。2月上旬に日本に入ってきたのは、武漢など中国から入ってきた(おそらく弱毒性の)ウイルスで、これは2月に行われた入国制限で阻止された。
しかし3月上旬にイタリアで感染爆発が始まり、その(おそらく強毒性の)ウイルスがヨーロッパ全体に広がり、アメリカにも拡大したと推定されている(国立感染症研究所)。
日本は1月31日に武漢などからの入国を拒否したが、それ以外の入国制限が遅かった。中国と韓国からの入国を全面的に拒否したのは3月9日、ヨーロッパからの入国拒否は21日、アメリカからの入国拒否は26日である。3月末までに73カ国からの入国が制限されたが、この時期にヨーロッパからウイルスが入った。
それを最終的に止めたのは、外国人の入国を拒否する水際対策だった。その結果、今年2月の外国人新規入国者数は98万9000人と前年同月の半分以下だったが、3月には15万2000人に激減し、4月にはわずか1256人になった。
その後も国内で感染が拡大しなかったのは、よくも悪くも日本人の均質性が高いからだろう。ヨーロッパでは水際で止めても国内に多くの移民がいるが、日本にはヨーロッパ系の外国人は少ない。それが水際対策の効果を高めたのではないか。
今回の空振りの教訓は、日本では緊急事態宣言による行動削減の効果はほとんどなく水際対策が重要だということである。今後の出口戦略でもハイリスクの高齢者以外の休業要請は中止し、水際対策に重点を置いたほうがいいだろう。